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犬と猫がつないだ予想外の広がりとは「心音books」に生まれた人の輪

犬や猫に関する書籍を専門に扱う小さな書店「心音books」が、2025年10月10日で3周年を迎えました。壁一面に108個の「ひと箱本棚」が併設されたお店は、訪れた人や本棚オーナーが、本の貸し借りや販売を行える私設図書館のような空間です。

入口の扉を開けてお店に入ると、左手が店主の村田さんのコーナー。犬と猫専門の本棚
壁一面に「ひと箱本棚」が並ぶ
お店の壁を埋め尽くす「ひと箱本棚」は、大学の先生や学生さんなど、いろんな方の協力により設置された

犬と猫専門という一見ニッチなテーマですが、この一点の絞り込みが、結果として偶然の広がりを生んでいるようです。今回は、店主の村田さんにお聞きした話をもとに、その理由について考えてみました。

なぜ村田さんは犬と猫専門の書店を開いたのか?

「心音books」店主の村田さん

「心音books」は、東京の渋谷に本社を置く大手企業で働くビジネスマンだった村田さんが、57歳で役職定年を迎えたタイミングで会社を辞め、地元名古屋に戻って始めたお店です。11年前に保護犬の「祭ちゃん」と出会ったことで、犬と猫の保護活動に強い関心を持つようになり、関連書籍を読み漁っていたことが書店を開くきっかけとなりました。

村田さんおススメの一冊

「猫専門の本屋は全国に3~4店舗ほどあったのですが、犬と猫の本屋はなかったので、そういうテーマ型の本屋をやりたいと思っていました。ただ、本屋は利益率が少ないので、本屋だけでは続けられないだろうなと悩んでいたのです。そんな時、静岡の焼津商店街にある「みんなの図書館さんかく」を視察して『一箱本棚』を知りました。その仕組みを取り入れれば、犬好きの人や猫好きの人、本好きの人が結ばれるような場所になるかなと思って3年前にここを作りました」と村田さん。犬や猫の保護活動をされている方は、案外孤独で、活動資金や資源が少なく大変な思いをされている方も多い。そうした方々に、この場所を打ち合わせなどに使っていただきたいとも考えているそうです。

「ひと箱本棚」という仕組みの面白さ

本は、販売だけでなく貸し出し制度もあり、本の間に挟み込まれたスリップ(短冊)に、貸し出しできるか販売できるかが書かれています。貸し出しは、1カ月5冊まで。村田さんが取り扱う本と同様に、「ひと箱本棚」も同じ仕組みで運用されています。
「ひと箱本棚」とは、月額料金を払うことで箱型の本棚スペースを借り、書籍を置ける仕組みです。

本を借りたい人は初回のみ登録料300円を払う。「ひと箱本棚」のレンタル料はひと月3,300円

本棚のオーナーは、本だけでなく雑貨や焼き菓子を置いたりすることもできるため、単なる本棚ではなく、小さな発信の場になっています。

三重県で動物の焼き菓子を販売するお店の本棚。「ひと箱本棚」に置かれている本のジャンルは多岐に渡る
刺繍作家さんの本棚

また、お店の中央には大きなテーブルと椅子が置かれており、それらを使ってワークショップを開いたりすることもできます。

店舗中央の大きなテーブルはレンタルスペース。「ひと箱本棚」のオーナーさんがワークショップに使うことも
壁際の展示販売スペース。写真は、本を持ち歩くときに傷まないよう保護するためのブックポーチ。 「ひと箱本棚」のオーナーさんの作品だ

この仕組みにより、村田さんはテーマ型書店としての収益を補完するだけでなく、訪れる人や本棚オーナー同士の交流の場を自然に生み出すことに成功しています。年に2回の本棚オーナー交流会では、遠方からも参加者が集まり、一緒に出掛けたりアイデアを交換したりしているそうです。

動機と仕組みが組み合わさることで生まれた予想外の広がり

村田さんの動機である犬猫愛と、「ひと箱本棚」という仕組みが組み合わさることで、予想以上の広がりが生まれているようです。この広がりは言わば、犬猫好きという共通項から生まれた人の輪とも言えます。
犬猫好きという共通の関心は表面的には見えないつながりを作り、多様な背景を持つ本棚オーナーや訪れる方が異なるジャンルの本や作品に触れるきっかけになっています。

左奥は、立ち上げ準備中の「ペット後見サービス」を一緒に手掛ける行政書士さんの本棚

並ぶ棚はどれも個性的で、つい足が止まります。ふつう書店では、興味のある分野の棚しか覗かないもの。けれど、ここでは本の並び方や添えられたコメント、雑貨の配置まで、それぞれの世界が表れていて、思わず一つずつ確かめたくなるのです。

石を使った作品を展示している本棚。「猫石」だそうだ

本棚のオーナー同士のコラボも生まれているようで、例えば、「水引の作品を作るオーナー」と「文章を書くオーナー」が共同で作品を作ったり、ワークショップを開催したりしています。東京や大阪など、県外のオーナーも参加しているため、地元以外のつながりも期待できます。

「水引の作品を作るオーナー」と「文章を書くオーナー」が共同で借りている本棚

このように、本棚オーナーや訪れる人たちの世界が広がることは、「心音books」の予想以上の成果であったでしょう。

リボンがついている本棚は空いており、借りることができる。筆者が訪問した時は4か所あった

他にも、店内には子ども食堂のチケットや動物保護団体の募金箱も置かれており、地域への関わりも意識されていました。来店者が自然にチケットの購入や募金を通して支援に参加することも、意図せずにコミュニティに関わる機会となります。

村田さんの本棚には、「動物保護団体」や「だれでも食堂のわ(子ども食堂)」への募金箱が置かれている

では、もしこのお店に「犬猫愛」というテーマだけがあり、「ひと箱本棚」という仕組みがなかったらどうだったでしょうか。
おそらく、同じテーマを好む人が集まる場ではあっても、交流のきっかけは限られていたはずです。

ユーザーさんから本棚オーナーに向けて書かれたメッセージ

逆に、仕組みだけがあり、テーマがなかったとしたら。
個々の本棚の個性は立っても、互いを結びつける共通項が見えず、全体としての一体感は弱かったかもしれません。
「心音books」の面白さは、この二つが交わることで生まれているのではないでしょうか。
「犬と猫が好き」という感情の共鳴が、訪れる人やオーナー同士の心を近づけ、仕組みがそれを現実の出会いに変えていく。この仕組みを通じた偶然の出会いこそが、「心音books」の最大の魅力と言えそうです。意図して作ったテーマが、結果的に想像を超える広がりを呼び込んでいるのだと感じます。
お店に入る前と出る時では、ほんの少し世界の見え方が変わっている。テーマの明確さが、興味を限定するどころか、むしろ他者への関心を広げているのです。

意図が偶然を呼ぶとき

村田さんも、お店を始めた当初は、このように広がるとは思っていなかったかもしれません。犬猫という明確なテーマがあったからこそ、そこに集う人達の気持ちが自然に重なり、仕組みがそれを見える形にした。つまり、意図が偶然を呼び、偶然が新しい意図を生み出すという心地よい循環です。
「自分の好きなこと」「自分が大切にしたいこと」を明確にした時、思いもよらない広がりが生まれることがあります。
それは意図的な発信や計画とは少し違うもの。自分の中の「好き」とか「信念」といったものが自然に誰かの心を動かす瞬間です。
そんな時、人と人は真に気持ちよくつながり、新たな何かを生み出すのではないでしょうか。

コミュニティデータ

団体名(店名)心音books
公式サイト100の一箱本棚を併設する心音Books
SNSInstagram
主催者(オーナー)村田さん
活動ジャンル犬と猫と本好きの人のサードプレイス
拠点または活動場所名古屋市千種区本山町4丁目74−1 IB本山2階
活動頻度(基本営業日・時間)木金土日+祝日 12:00~19:00
実績2022年10月~
参加条件参加方法による
参加者層老若男女幅広い
最近の新規参加者
主な活動内容犬猫専門書店・ひと箱本棚・動物保護支援・レンタルスペース
参加方法読む・借りる・買う・集う
参加費用(借りる)初回登録料500円(本棚オーナー)月3,300円 他
連絡方法メール(公式サイトに記載のメールアドレス)
設立2022年10月オープン
雰囲気普段は静かで落ち着いた雰囲気
こんな人におすすめ犬・猫・本が好きな人同士で交流したい方
代表者コメント職場とも家とも違う、第3の場所を持ってみませんか?
  • ひと箱本棚のオーナーさんになりたい方はご相談下さい
  • 遠方の方でも、本棚に置く本を送ってくだされば本棚オーナーになることができます
現在、本棚に少し余裕ができたので、好きな場所を選んでいただけます。本でつながる優しい場で、新しい出会いをお待ちしています!

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